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【レースな世界紀行2004】その3 [レースな世界紀行 2004]

年が明けたので7年前の話が8年前になってしまいました。2月の出来事だったかな……。ソコに行ったことは覚えていましたが、ディテールは再発見でした。ちょっと長いですが、区切らずに掲載します。当時の写真を探したのですが、撮影禁止だったのか、見当たりません。なので、2009年にTMGで撮影したカットをにぎやかしに載せておきます。

その3
トヨタ工場見学
日本・名古屋

今年初めての新幹線乗車である。朝9時に東京駅の14番ホームで出迎えてくれたのは700系のぞみだった。

2時間弱で名古屋に到着。トヨタ自動車広報部が用意してくれたバスに乗り込んで豊田市にある本社工場に向かう。ここではF1マシンが積むエンジンを構成する部品の機械加工を行っており、その工程を見学するのがこの日の目的だった。本社工場を見学したあとは、エンジン部品の鋳造を行っている明知(みょうち)工場(愛知県西加茂郡三好町)を訪れることになっている。

社会科見学のようだが、原稿を書いていくばくかのゼニを受け取る僕にとってはビジネスである。しかるに、バスにガイドさんが乗っているとどうも調子が狂う。でも、「右手をご覧ください」のようなガイドはなかった。だから、観光気分に浸ることはなかったのだけれど、そのかわり、おしぼりを出してくれた。そのあとで、お茶も。お茶のサービスなど、やかんから紙コップへダイレクトに注ぐ。走行中に、である。

お茶が満タン状態のやかんを持ったガイドさんが前方に背を向けて立ち、客のひとりひとりにお茶を注ぐ。右手にやかん、左手に積み重なった紙コップ。客はガイドさんの左手から紙コップをつまみ取り、やかんに向けて捧げ持つ。

何度も書くが、走行中である。ゆえに、揺れている。何かの拍子に熱いお茶がこぼれて紙コップを持つ手にかかりはしないかとヒヤヒヤする。そんなことは起きては大変と、順番を待つ客も石像のように体を固くして成り行きを見守っている。

僕はそのとき、格別お茶も飲みたくなかったし、熱いお茶が手にかかりでもしたらイヤだったから、「結構です」と断ろうと思ったのだが、いつもの優柔不断さが顔を出して「ください」と言ってしまった。

熱そうなお茶が紙コップになみなみと注がれた。幸い手にかかることはなかった。バスガイドさんは、相当に熟練していると見える。少し冷ましてから飲もう、と考えたのがいけなかった。前の座席の背もたれにあるカップホルダーを出して、熱いお茶がたぷたぷいっている紙コップを置こうとした際、どう手元が狂ったのか、真っ逆さまに落下した。

紙コップは僕の左膝の上と足首にお熱いお茶をこぼして床に転がった。「あっちー!」と声も出ないほど熱かった。とくに足首が。条件反射で左足が脚気の検査のように上方に跳ね上がって、バスの内壁を強打したが、痛さよりも熱さの方が格段に勝っていた。何か冷ますもの……と周囲を見渡したが、あるはずもない。口を近づけてフーフー吹こうにも、長年の運動不足が祟って体が鋭角に折り曲がらない。すなわち、為す術がない。ジタバタしている間に本社工場に着いた。

着いた頃にはあんなに熱かったお茶がすっかり冷めて、気化熱でもってスースーする。そんな状態で工場へ。

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トヨタのF1なんだから、エンジンだってなんだってトヨタの工場で作って当然でしょう。と考えるのもごもっともだが、実はそうではない。F1グランプリは三重県の鈴鹿サーキットで毎年10月に開催されているし、2004年からはバーレーンだの上海だのでグランプリが開催されはするが、基本的に、F1はヨーロッパのスポーツである。ヨーロッパで興り、ヨーロッパ人が多く携わってきた。いかにヨーロッパ以外の開催地でレースが行われようとも、ヨーロッパの流儀で物事が推し進められていることに変わりはない。

だから、トヨタもF1に参戦をする際、ドイツ・ケルンにあるレース部門の子会社、TMGにF1参戦車両の開発・生産やチーム運営の一切合切を託した。が、一切合切と言ってしまっては語弊があって、エンジンを構成するシリンダーブロックやシリンダーヘッド、クランクシャフトは日本の工場で生産し、TMGに納めている。

先端技術の集合体とも言われるF1は、市販車の延長線上にあるような乗り物に見えるかもしれないが、多くの専用品から成り立っている。エンジンひとつとっても、専用の知識や技術や道具や設備が必要だ。モータースポーツ産業が古くから発達しているヨーロッパには専業の部品メーカーが数多く存在している。トヨタがドイツに本拠を置くのは、必要な部品を調達するのに都合がいいという理由もある。

F1プロジェクトが始まった当初はヨーロッパの部品メーカーが作ったエンジン関連の鋳造品と、日本で作ったものを半々で使用していたという。ところが、2003年以降は、日本産が主体となっているそうだ。トヨタの技術が専業メーカーの技術を凌駕したといっていい。その背景には、「負けてなるものか」という気概が隠れている。

もちろん、気概だけで優れた部品は作れない。何より必要なのは技術力である。それも、コンピューターやら工作機械やらを駆使した技術力ではなくて、熟練の職人技であるところが興味深い。

本社工場は本来、ランドクルーザーやトラック、バスのシャシーを作る工場である。この工場の一角にエンジンの試作工場がある。ここでは将来世に送り出すエンジンの試作を行っている。このエンジン試作工場の一角にF1エンジンの機械加工部門があり、ユニット生技部の人々が働いている。

F1エンジンの部品を加工する部屋は特別な囲いが設けられている。これは室内の温度を一定(20℃)に保つためで、なぜ保つのかといえば、ブロックやヘッドに用いるアルミニウム合金が温度変化にシビアだからだ。ミクロンオーダーの細かい仕事をしているので、温度変化によって部品が膨張したり縮小したりしては困るのである。

部屋の出入口には床に粘着テープが貼ってあって、靴の裏についたごみやホコリを室内に持ち込まない仕組み(職人としての誇りは持ち込んでも良い)。細かい作業をするだけあってピンと空気が張りつめている。壁には「世界に冠たるレース・エンジン・チームを目指す」というスローガンを記した横断幕が張ってあるかと思えば、「死作、試作、我々はどっちだ」などというドキッとするような標語も張ってある。ちなみに、壁に掛かった時計はハロー・キティだった。

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クランクシャフトは金属の棒から削り出す。もちろん、市販車でこんなことはやらない。削った部品はペーパーやペーストや手磨きで鏡面仕上げにするが、こんなことも市販車ではやらない。「非常に固い物質をキズなく仕上げる」技術がスゴイのだそうである。素人の僕はただははーんと口をあんぐりあげて見守るしかなかった。

バスに20〜30分ほど揺られて明知工場へ。ここはエンジンや足回りの鋳物部品、足回りの機械部品の生産を主業務としている。その一角で、F1に使うシリンダーヘッドやシリンダーブロックの鋳造を行っている。バスから降りるなり、金属に特有の臭いが鼻を突く。地下鉄の駅ホームなどで嗅ぐ、電車のブレーキ臭に似ている。

鋳造もまた、職人芸が必要だ。鋳造生技部のS部長は、「F1のシリンダーヘッドやシリンダーブロックを作るには、高強度にする必要があります。金属は早く固めれば固めるほど強くなる性質があり、高強度にするには早く固める必要があるのです」と説明する。

じゃあ、早く固めればいいじゃないの、と考えるのは素人の浅はかさというものである。F1のシリンダーヘッドやシリンダーブロックはまことに複雑な形状をしており、シリンダーブロックなど、ただのアルミ合金の箱のように見えて、内部は蟻が巣を作ったような空洞が張り巡らされている。冷却水の通路だ。うまく空洞ができるように木型に中子を組み付けたうえで、約700度に溶けたアルミニウム合金を流し込むのだが、木型、中子の製作にそれぞれの高い寸法精度が求められ、組み付けた際にも高い精度が求められる。

高い精度とは100分の1mm単位である。木型や中子は、溶けた金属を流し込んだ際に発生するガスの抜けをも勘案して設計しなければならない。ひと口に鋳造と言ってもレベルはさまざまで、F1用エンジン部品を鋳造する難しさについて前出の部長は、「ゆるいカーブを50km/hで走ればやさしいが、300km/hだと難しいでしょ」と例えた。

というような説明を、工場を見学しながら聞いた。たいていどこでもそうだが、工場の中は騒音で満たされているので、イヤホンを耳に差し込んで歩く。説明員がマイクに向かって放った言葉が電波に乗って説明を受ける人の携帯レシーバーに届き、レシーバーから伸びたイヤホンに伝わる仕組みだ。

その電波が途中で途絶え、前触れもなく声が聞こえなくなった。20人ほどいた見学者の誰もがレシーバーのダイヤルやらスイッチやらを一斉にいじくる姿を想像し、周囲を見渡したのだが、いじくり回しているのは僕だけだった。残念ながら読唇術の心得はないので、各所に設けられたパネルなどを見、説明が聞こえるフリをしてフンフンと頷いてみたりもした。

いつもなら仕事帰りの新幹線はビールとつまみを欠かさないのだけれど、なぜだかこの日は疲労困憊の体で、缶コーヒーとチョコレートの組み合わせで帰路についた。途中意識を失い、気がついたら新横浜だった。
(つづく)

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