【レースな世界紀行2004】その9の2 [レースな世界紀行 2004]
今年もありつけずに夏を迎えそう……
その9の2
F1第7戦ヨーロッパGP
ドイツ・デュッセルドルフ〜ケルン〜シャルケンメーレン〜ビットブルク
ケルンを後にした僕は、F1世界選手権ヨーロッパ・グランプリを取材すべく、ニュルブルクリンクに向かった。いや、正確に言うとニュルブルクリンクではない。ニュルブルクリンクを通り過ぎて20数キロ山道を走り、シャルケンメーレンという山小屋風のホテルに向かった。
ダウンという小さな町を通り過ぎ、左手に折れてワインディングロードを5分も走ると山の尾根に出て突然視界が開ける。「まあ、なんといい眺め」と感嘆の声を上げつつ窓外に目をやると、波しぶきひとつたたない濃緑色の湖があり、湖の向こう側には白壁の鮮やかな家々が、肩を寄せ合うように立ち並んでいる。
まったくもって絶景であり、まさしくここがグランプリ取材中にお世話になるシャルケンメーレンである。仕事で疲れ切った体を休めるためだけに利用するにはもったいないような、静かで清潔で心地のいい場所だ。
いつものグランプリ取材なら、「さーて、今晩はどこで何を食うか」となるのだが、ニュルブルクリンクは山の中である。標高は700mくらいある。見渡す限り森である。手近なところで例えて言うなら箱根の山の中にサーキットがあるようなものだが、ニュルブルクリンクには温泉が湧くわけでもないし、しゃれたフレンチ・レストランもなければ、石臼挽き生粉打ちのそば屋もない。勢い「帰ってホテルのレストランで食うか」ということになる。
こう書くと仕方なしにホテルに戻ってまずいメシを胃袋に押し込んでいるように感じるかもしれないが、決してそうではない。客の胃袋を満足させるに十分な味を、ここのレストランは提供する。ま、そこそこウマイということだ。
「ドイツのお菓子はバウムクーヘン」と刷り込まれているのと同じレベルで、「4月〜5月に食うなら白アスパラガス」と、日本人には刷り込まれているらしい。レストランで3日間夕食をとる機会があれば、まず1日は白アスパラガス(ドイツではシュパーゲルと言う)を頼むことになる。注文時にアスパラガスをください」などと言おうものなら、土地の衣装に身を包んだ、おばさんと娘の中間くらいの年頃をした女性が、「はいはい、わかってるわよ」みたいな反応を残して厨房に消えていく。
白アスパラガスは、ラグビーボールを平たく押しつぶしたような長円形の皿に載って出てきた。ディナーテーブルを照らすろうそくも顔負けの立派なナリで、それが、ひと皿に7〜8本も載っているだろうか。もちろん、これで一人前。カレールーを入れるような立派な容器にクリーム色したソースがたっぷり入って一緒に出てくる。
マヨネーズではない。ホランディーズといって、マヨネーズというよりはチーズの仲間らしい(溶かしたバターも一緒に出てくることがある)。これをアスパラガスにたっぷりかけて、口に入る程度の大きさに切り、ガツッと噛む。ゆでてあるのでそれなりに柔らかいのだが、ふにゃふなではなくて、野性味を感じさせるほどのしっかりした歯ごたえがある。噛んで形を崩したアスパラガスの繊維の隙間から、ゆで汁がこぼれ出て口の中に広がり、これがチーズの仲間らしいソースと絡み合ってえもいわれぬ風味を出す。
ゆえに、ウマイ。ビールに良く合う。ケルンでケルシュ、デュッセルドルフでアルトを堪能した僕は、特別この土地の名物じゃないだろうが、シャルケンメーレンではヴァイツェンで通した。500ミリリットル入りのヴァイツェンを堪能したあとは、200ミリリットル入りの小さなピルスに切り替えるのがいつものコースである。
ダウンでもシャルケンメーレンでもニュルブルクリンクでも、アイフェル地方一帯のレストランで出すピルスは、まず間違いなくビットブルガーである。ビットブルガーとはビットブルクという町で生み出されるビールで、そこそこの規模を誇っている。ビットブルクはシャルケンメーレンから西へおよそ50km、ルクセンブルクとの国境が目と鼻の先にあるドイツの西の端に位置する。
シャルケンメーレンのレストランでも、ダウンの中華料理屋でも、ニュルブルクリンクのイタリアンでもビットブルガーばかり飲んでいたら、ビットブルガーの工場に行ってみたくなった。たかだか50kmである。山道であろうが何だろうが、一般道でも平均速度の高いドイツなら、移動に1時間はかかるまい。日本へ帰る便は夜の9時出発である。ビットブルクからフランクフルトまでは300km弱。空港に6時に着くとして、ビットブルクを2時に出れば間に合うだろう。昼にビットブルクに着いたとして、2時間は工場見学とランチを楽しむことができる。
というような計算を、サーキットのプレスルームでしておった。ひとたび行く気になったら、いても立ってもいられない。が、不安がないわけでもなかった。グランプリ開けの月曜日に、果たしてビットブルガーの工場は口を大きく開けて僕なんぞを待っていてくれるだろうか。土日で観光客の相手をたんまりとし、月曜日は休む。「そういえば、日本の観光スポットは月曜日を定休日にあてることが多いなぁ」という思いが脳裏をよぎった。イヤな予感。
肩すかしを食うのはイヤだからと、月曜日に開いているかどうか、事前に確かめることにした。日曜日の朝、ホテルのフロントにどかっと陣取る陽気なおばさんに質問してみた。
「チェックアウトするの?」
「いやいや、チェックアウトは明日ですよ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんでもどうぞ」
「あのぉ、ビットブルガーってビール工場が近くにあるじゃないですか。ほらほらこれ」
前日の晩の客が置き忘れたのだろうか、それともおばさん自身が使ったのだろうか、レセプションのカウンターの上にビットブルガーのコースターが1枚置いてあった。これ幸いとばかりに拾い上げる。
「これこれ。ここに行きたいんですけど」
「あら、いいアイデアじゃない。いつ行くの?」
「それが月曜日なんですけど、開いてますかねぇ」
「うーん、どうかしら。いつもの月曜日なら間違いなく開いていると思うんだけど、今度の月曜日はプフインクステンと言って、えーと、英語でなんて言うのかしら、クリスマスとかイースターのようなもので……」
「要するに休みかもしれないと」
「そうなのよ。ま、絶対に休みとは言い切れないけどね。でも、なんて言うか、クリスマスとかイースターのようなもので……。ああ、もうじれったい」
「わ、わかりました。今回は諦めることにしましょう。次に来たときの楽しみにとっておきます。ありがとう。ハブ・ア・ナイス・デー」
「はいはい、グッド・ナイト」
朝なのにグッド・ナイト?と思って出口に向いていた体を180度転回させると、おばさんはレセプションの椅子に体を沈めてゲラゲラと笑いはじめ、「あら、いやだ。私ったらなんでグッド・ナイトなんて言ったのかしら。グッド・デイって言おうとしたのに……」と、ひとり悦に入っていた(?)のであった。
(つづく)
http://www.facebook.com/serakota
その9の2
F1第7戦ヨーロッパGP
ドイツ・デュッセルドルフ〜ケルン〜シャルケンメーレン〜ビットブルク
ケルンを後にした僕は、F1世界選手権ヨーロッパ・グランプリを取材すべく、ニュルブルクリンクに向かった。いや、正確に言うとニュルブルクリンクではない。ニュルブルクリンクを通り過ぎて20数キロ山道を走り、シャルケンメーレンという山小屋風のホテルに向かった。
ダウンという小さな町を通り過ぎ、左手に折れてワインディングロードを5分も走ると山の尾根に出て突然視界が開ける。「まあ、なんといい眺め」と感嘆の声を上げつつ窓外に目をやると、波しぶきひとつたたない濃緑色の湖があり、湖の向こう側には白壁の鮮やかな家々が、肩を寄せ合うように立ち並んでいる。
まったくもって絶景であり、まさしくここがグランプリ取材中にお世話になるシャルケンメーレンである。仕事で疲れ切った体を休めるためだけに利用するにはもったいないような、静かで清潔で心地のいい場所だ。
いつものグランプリ取材なら、「さーて、今晩はどこで何を食うか」となるのだが、ニュルブルクリンクは山の中である。標高は700mくらいある。見渡す限り森である。手近なところで例えて言うなら箱根の山の中にサーキットがあるようなものだが、ニュルブルクリンクには温泉が湧くわけでもないし、しゃれたフレンチ・レストランもなければ、石臼挽き生粉打ちのそば屋もない。勢い「帰ってホテルのレストランで食うか」ということになる。
こう書くと仕方なしにホテルに戻ってまずいメシを胃袋に押し込んでいるように感じるかもしれないが、決してそうではない。客の胃袋を満足させるに十分な味を、ここのレストランは提供する。ま、そこそこウマイということだ。
「ドイツのお菓子はバウムクーヘン」と刷り込まれているのと同じレベルで、「4月〜5月に食うなら白アスパラガス」と、日本人には刷り込まれているらしい。レストランで3日間夕食をとる機会があれば、まず1日は白アスパラガス(ドイツではシュパーゲルと言う)を頼むことになる。注文時にアスパラガスをください」などと言おうものなら、土地の衣装に身を包んだ、おばさんと娘の中間くらいの年頃をした女性が、「はいはい、わかってるわよ」みたいな反応を残して厨房に消えていく。
白アスパラガスは、ラグビーボールを平たく押しつぶしたような長円形の皿に載って出てきた。ディナーテーブルを照らすろうそくも顔負けの立派なナリで、それが、ひと皿に7〜8本も載っているだろうか。もちろん、これで一人前。カレールーを入れるような立派な容器にクリーム色したソースがたっぷり入って一緒に出てくる。
マヨネーズではない。ホランディーズといって、マヨネーズというよりはチーズの仲間らしい(溶かしたバターも一緒に出てくることがある)。これをアスパラガスにたっぷりかけて、口に入る程度の大きさに切り、ガツッと噛む。ゆでてあるのでそれなりに柔らかいのだが、ふにゃふなではなくて、野性味を感じさせるほどのしっかりした歯ごたえがある。噛んで形を崩したアスパラガスの繊維の隙間から、ゆで汁がこぼれ出て口の中に広がり、これがチーズの仲間らしいソースと絡み合ってえもいわれぬ風味を出す。
ゆえに、ウマイ。ビールに良く合う。ケルンでケルシュ、デュッセルドルフでアルトを堪能した僕は、特別この土地の名物じゃないだろうが、シャルケンメーレンではヴァイツェンで通した。500ミリリットル入りのヴァイツェンを堪能したあとは、200ミリリットル入りの小さなピルスに切り替えるのがいつものコースである。
ダウンでもシャルケンメーレンでもニュルブルクリンクでも、アイフェル地方一帯のレストランで出すピルスは、まず間違いなくビットブルガーである。ビットブルガーとはビットブルクという町で生み出されるビールで、そこそこの規模を誇っている。ビットブルクはシャルケンメーレンから西へおよそ50km、ルクセンブルクとの国境が目と鼻の先にあるドイツの西の端に位置する。
シャルケンメーレンのレストランでも、ダウンの中華料理屋でも、ニュルブルクリンクのイタリアンでもビットブルガーばかり飲んでいたら、ビットブルガーの工場に行ってみたくなった。たかだか50kmである。山道であろうが何だろうが、一般道でも平均速度の高いドイツなら、移動に1時間はかかるまい。日本へ帰る便は夜の9時出発である。ビットブルクからフランクフルトまでは300km弱。空港に6時に着くとして、ビットブルクを2時に出れば間に合うだろう。昼にビットブルクに着いたとして、2時間は工場見学とランチを楽しむことができる。
というような計算を、サーキットのプレスルームでしておった。ひとたび行く気になったら、いても立ってもいられない。が、不安がないわけでもなかった。グランプリ開けの月曜日に、果たしてビットブルガーの工場は口を大きく開けて僕なんぞを待っていてくれるだろうか。土日で観光客の相手をたんまりとし、月曜日は休む。「そういえば、日本の観光スポットは月曜日を定休日にあてることが多いなぁ」という思いが脳裏をよぎった。イヤな予感。
肩すかしを食うのはイヤだからと、月曜日に開いているかどうか、事前に確かめることにした。日曜日の朝、ホテルのフロントにどかっと陣取る陽気なおばさんに質問してみた。
「チェックアウトするの?」
「いやいや、チェックアウトは明日ですよ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんでもどうぞ」
「あのぉ、ビットブルガーってビール工場が近くにあるじゃないですか。ほらほらこれ」
前日の晩の客が置き忘れたのだろうか、それともおばさん自身が使ったのだろうか、レセプションのカウンターの上にビットブルガーのコースターが1枚置いてあった。これ幸いとばかりに拾い上げる。
「これこれ。ここに行きたいんですけど」
「あら、いいアイデアじゃない。いつ行くの?」
「それが月曜日なんですけど、開いてますかねぇ」
「うーん、どうかしら。いつもの月曜日なら間違いなく開いていると思うんだけど、今度の月曜日はプフインクステンと言って、えーと、英語でなんて言うのかしら、クリスマスとかイースターのようなもので……」
「要するに休みかもしれないと」
「そうなのよ。ま、絶対に休みとは言い切れないけどね。でも、なんて言うか、クリスマスとかイースターのようなもので……。ああ、もうじれったい」
「わ、わかりました。今回は諦めることにしましょう。次に来たときの楽しみにとっておきます。ありがとう。ハブ・ア・ナイス・デー」
「はいはい、グッド・ナイト」
朝なのにグッド・ナイト?と思って出口に向いていた体を180度転回させると、おばさんはレセプションの椅子に体を沈めてゲラゲラと笑いはじめ、「あら、いやだ。私ったらなんでグッド・ナイトなんて言ったのかしら。グッド・デイって言おうとしたのに……」と、ひとり悦に入っていた(?)のであった。
(つづく)
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