SSブログ

【レースな世界紀行2004】その6の3 [レースな世界紀行 2004]

フェニックス編はこれで最後です。次回はバーレーン。

その6の3
IRL第2戦フェニックス
アメリカ・フェニックス

F1の興行面を取り仕切るバーニー・エクレストン氏は毎日パリッと糊の利いた白いシャツを着用し(毎日新品を着ているというウワサ)、取り巻きを引き連れてパドックを闊歩しているが、IRLの顔役であるトニー・ジョージ氏は、大径のクロームメッキ・ホイールを装着した真っ黒なミニでレース場に乗り付ける。パドックではエクレストン氏と同じパリッとアイロンの利いた白シャツ姿だが、取り巻きを連れず、ひとり、セグウェイに乗ってパドックを移動している。

IMG_1945_blog.jpg

パドックでトヨタのNさんにお目にかかった。Nさんは前年までモータースポーツ推進室長として活躍しておられたが、この年の2月にトヨタ・モーター・セールス(TMS)に異動になり、TRD・USA(トヨタ・レーシング・デベロップメント)の担当副社長を務めておられる。勤務地はロサンゼルスで、トヨタ自動車とTMS、TRDの調整役となり、アメリカでのトヨタのモータースポーツ活動が円滑に進むように尽力されている。

トヨタが参戦するモータースポーツといえば、F1もあればIRLもあり、全日本GT選手権もあれば全日本F3もあり、パリダカもありと多彩なのだが、F1参戦を機にモータースポーツ推進室が生まれた経緯もあり、NさんはトヨタのF1参戦決定以来、ずっぽりF1にはまってきた。

IRLのフェニックス戦と時を同じくして遠くマレーシアではF1の第2戦が開催されていた。時差の関係で、F1のレースはフェニックスの時間帯では土曜日の深夜に行われ、日曜の朝の時点ですでに結果を記したレポートが手元にあった。トヨタは9位、12位だった。開幕戦の12位、13位からは一歩前進を果たしたが、念頭に掲げた「毎戦ポイント獲得」の目標にはほど遠い。レース結果を記した社内資料に目を通すNさんの表情も硬かった。

一方、長年苦しんだ甲斐があって、アメリカでは王者の風格である。CARTのタイトル獲得を経て2003年から参戦の場を移したIRLでは、初年度ながらタイトルを獲得した。3週間前に行われた開幕戦でもワンツー・フィニッシュを達成。2連覇に向けて幸先のいいスタートを切っていた。

IMG_1915_blog.jpg

今年からはIRLの何倍も人気のあるNASCAR(ナスカーと読む)の下位カテゴリー、クラフツマン・トラック・シリーズに参戦を開始。開幕戦でいきなり2位に入る健闘を披露し、2戦目ではポールポジションを獲得、連続2位をゲットした。

「先週、モータースポーツ会議がありましてね。3ヵ月に一度あるんですが、F1が散々な成績だったから、向こう(TMG)は日本に呼びつけられてね。被告席に座らされた(笑)。なんだ、この成績は、と。僕の方は『初戦終わりました。ホームステッド、ワンツー・フィニッシュでした。は、ナスカー・トラック、初戦から2位に入りまして、第2戦はポール取りました。最後ちょっとしたあやでコケましたけど、2位、3位、4位でしたよ』なんて報告したら、そうか、よくやったなと。それに引き替えにね……」

昨年までの立場だったら被告席に回っていただけに、胸中複雑なようである。F1といえば、トヨタ・ユーザーのひとつ、チップ・ガナッシ・レーシングに所属するスコット・ディクソン(2003年、初参戦のIRLで年間タイトルを獲得)が、フェニックスでのレース終了後にヨーロッパに渡り、F1、それも名門のウィリアムズBMWのテストに参加するという発表があった。

「スコットと話しましたけど、彼は本当に喜んでましたよ。実績が買われたわけですから。『ホントはトヨタに呼ばれたかったけどね』と言っていましたが。ま、それはお世辞でしょう。誰でもいいチームで走りたいもんね。お世辞も言えるようになりましたよ。実績ができましたから。最初はニュージーランドから出てきた田舎者でね、おどおどしてさ。でも、勝てば風格が出てくるんだね。なかなか立派になった」

ディクソンのように立派なドライバーになるだろうか。松浦孝亮選手は今年IRLにデビューしたルーキーである。前項でも触れたように、彼は大先輩の鈴木亜久里チーム代表から薫陶を受けている。今回のレースでは、終盤に再スタートが切られる際、鈴木チーム代表は走行中の松浦選手に向かって指示を出した。レース中に無線を通じて指示を出すのは、挑戦2年目になるIRLでは初めてのことだという。

「前に同一周回のクルマが2台いる。抜いてこい」
そう指示を出したというのだ。そこで、「そんなこと言って、無理してぶつかっちゃったら、と思いませんでしたか」と聞いてみた。
「思わないよ。“抜く”のと“ぶつかる”のは違うんだから」
との返答。ぶつかってしまっては元も子もない。ぶつからないように相手の横をすり抜けて前に出る。それができる自信があれば飛び込め、なければ無理するな。はっきりしろ。そうした意味が「抜いてこい」という短い言葉の中に込められている。

松浦選手は、忠実に任務を遂行。再スタート直後に目前の1台を料理した。結果、3人いるルーキーの中の最上位でレースを終えることになった。これまでは1周1周が経験になるからと、はやる気持ちを抑えて完走狙いの走りを続けていたが、「最後の10周はレースをした気になった」と、頬を紅潮させつつ語った。

その松浦選手は、このレースからベテランのチームメイトを迎えることになった。エイドリアン・フェルナンデスである。松浦選手の所属チームはスーパー・アグリ・フェルナンデス・レーシングだ。アグリは鈴木亜久里のアグリ。フェルナンデスは、エイドリアン・フェルナンデスのフェルナンデスである。つまり、オーナー兼ドライバー。百戦錬磨のベテランで実績もあり、フロリダに大豪邸を構えているし、フェラーリだって持っている。

IMG_1939_blog.jpg
(※写真はイメージです)

そのフェルナンデスのフェラーリが、もう少し詳しく言えば360モデナのリミテッドエディションが、チームが休憩所とするモーターホームの横に止めてあった。それを松浦選手、指をくわえるようにして眺めたらしい。さらにまたその様子を鈴木チーム代表が見ていた。そして、こう言ったそう。

「そんなものは後でいくらでもついてくる。勝ったらオレのクルマを1台やるって言ったんだ。勝って泣かせてくれってね」
泣かぬなら、泣かせてやろう鈴木亜久里(冗談)。鈴木チーム代表はフェラーリ360モデナのオーナーでもある。が、あまり乗る機会がないので、「バッテリー上がってるかも」とおっしゃる。と聞けばぜひ、松浦選手には勝ってもらいたい。

鈴木チーム代表のように背中に鞭をくれる恩師もいれば、からかい半分にアドバイスをくれる先輩もいる。アメリカで4年目のレース・シーズンを過ごす高木虎之介選手だ。高木選手はレース序盤、松浦選手の背後につけて、前に出る機会をうかがった。すると、松浦選手は先輩の通る道を邪魔してはいけないと、道を大きく空けて譲ったのである。レース後の共同記者会見で高木選手が「50番台のクルマが危なかったですね」とコメントした。隣に座っていた松浦選手の顔が硬直したのにはワケがあって、彼のカーナンバーは55番だからだ。

IMG_1957_blog.jpg

「55番はインを開けすぎだよね。様子をうかがって少しクルマを横に振ったら、必要以上にスペースを空けてくれた。気持ちはわかるけど、あれは危ないよ。あまり外に出るとゴミを拾うから」

マシンが走行しないコースの外側にはホコリが堆積しているほか、走行中のタイヤから削り取られたカスが散らばっている。それらを踏めば走行に悪影響が出る。高木先輩は松浦後輩に対し、遠回しにアドバイスしたのだった。

さて、レース時の気温は37℃だった。湿度は20%。加えて強風が吹いている。メインスタンドの最上列で観客と一緒になってコースを眺めていると、まるで頭のてっぺんからつま先まで、巨大なドライヤーを当たられているようだった。ルーフで直射日光が遮られていたからいいものの、よく干からびなかったと感心するほど、過酷な環境だった。

観客席の最上段に陣取ると、コース全体を見渡すことができることは前にも述べたが、見る側の緊張感がちょっとでも緩むと、先頭がどこを走っているのかたちまちわからなくなる。なにしろ20秒で1周してしまうのだから、ちょっと考えごとでもしていると、5周や6周は過ぎている。でも、復帰は簡単だ。頭にカツを入れて目を凝らせば状況が手に取るようにわかる。だから、のんべんだらりと眺めていても一向に差し支えない。

IMG_1960_blog.jpg

レースが半分を過ぎた頃から席を立つ人が目立つようになった。後ろを振り返ってコースの外に目をやると、クルマがフリーウェイに向かって列を作っている。視線を手前に移動させれば、レースウェイ内に留まっているファンが、露天を冷やかしたりしながら歩いている。

IMG_1955_blog.jpg

目を凝らしても見えなかったが、おそらくキャンプサイトでは、ディレクターズ・チェアに寄りかかった人々が、エグゾーストノートに耳をやりながらビールだかコーヒーだかを啜っているのだろう。要するに、各人が各様にレースを楽しんでいる。レースを、ではなく、イベントそのものを各人が各様に楽しめばいいのである。

http://www.facebook.com/serakota

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント